暴言や暴力を受けたら、まず3つのどれかに分ける
介護現場マニュアルは、利用者や家族等からの困った言動を、すべて「ハラスメント」として扱うわけではありません。管理者が職員から報告を受けたら、最初に次の3つのどれに近いかを考えます(マニュアルの記述をもとにした当サイトの整理)。分け方で、次に連絡する相手が変わるからです。
- 認知症などの症状として出た言動(BPSD=認知症の行動・心理症状など)例: 認知症の「もの盗られ妄想」で職員を泥棒呼ばわりする。マニュアルは、症状として出た言動は「ハラスメント」としてではなく、医療的なケアでアプローチする必要があるとしています。認知症の診断がなくても認知機能が下がっている場合は、BPSDの可能性を前提にしたケアが必要としています(マニュアル P.4)。次に連絡する相手は、主治医とケアマネジャーです。
- 利用料金の滞納や、苦情の申し立てマニュアルは、滞納や苦情もハラスメントではなく別の問題として扱うとしています。滞納そのものはお金の支払いの問題(債務不履行)として扱います。ただし、払わないときの言動がハラスメントに当たることはあり得るとしています(P.5)。指針も、苦情のすべてがカスハラに当たるわけではなく、社会通念上許される範囲の申し入れは正当なものだとしています(指針 第2項⑴)。
- ハラスメント(身体的暴力、精神的暴力、セクハラ)例: コップを投げつける、怒鳴る、「この程度できて当然」と理不尽なサービスを求める、入浴介助中に性的な話をする(P.4)。事業所が決めた方針と対処の内容(指針 第4項⑴)に沿って動き、職員には相談窓口と配慮を、行為者には事業所として対応します。
家族の言動は、利用者本人の症状とは別に、正当な苦情かハラスメントかを見ます(当サイトの整理)。ハラスメントに当たるときは、管理者が職員から聞き取って記録し、管理者(できれば2人)が家族と話します。担当の交代も検討します。話しても続くときは、事業所で決めた「特に悪質なものへの対処の方針」(指針 第4項⑷。警告文を出すなど)に進みます。
認知症の症状か迷うときの手順
迷うのは、たいてい1回目の報告のときです。その場で「症状だから仕方ない」と片づけると、職員は次から報告しなくなります。マニュアルは、症状による暴言・暴力でも職員の安全に配慮する必要は変わらず、職員が一人で抱え込まずに上長や事業所へ報告・共有できるようにすることが大切としています(P.4)。
- その場は職員の安全を先にする。 身の危険を感じたら離れて、事業所に電話する。マニュアルは、ハラスメントが起きたときは職員の安全を第一に即座に対応する必要があるとしています(P.18)。
- 報告は「症状かどうか」を決める前に受ける。 職員に判断させない。指針も、相談窓口はカスハラに当たるか微妙な場合も広く相談に応じるよう求めています(指針 第4項⑵ロ)。
- その日のうちに記録する。 言われたこと・されたことをそのままの言葉で、時刻、直前にしていたケア、その日の様子(当サイトの提案)。後で主治医やケアマネジャーに伝えるときの材料になります。
- 主治医とケアマネジャーの意見を聞く。 マニュアルは、ハラスメントか症状による言動かの判断は、事業所だけでなく主治医(かかりつけ医)やケアマネジャー等の意見も確認しながら行う必要があるとしています(P.5)。
- 判断がつくまでの体制を、管理者が決める。 担当の交代、2人での訪問、管理者の同行など。人手が足りず2人訪問ができない事業所でも、訪問中に決まった時刻に事業所へ電話を入れる体制や、警報ブザーを持たせることは、マニュアルの例に入っています(P.40)。マニュアルは1対1の状況をリスク要因の一つとし、担当者の変更や提供体制の見直しを挙げています(P.40)。指針も、対処の内容の例に「可能な限り労働者を一人で対応させないこと」を挙げています(指針 第4項⑴ロ)。
- 症状と分かったら、ケアの方法を事業所で共有する。 マニュアルは、報告・共有の場が、どうケアするかのノウハウを事業所内で共有する機会にもなるとしています(P.4〜5)。言動を受けた職員の心のケアも、症状かどうかに関係なく行います(当サイトの提案。マニュアルは症状による言動でも職員の安全への配慮は変わらないとしています、P.4)。
厚生労働省の指針(2026年10月施行のカスハラ対策の指針)には、認知症の症状による言動をどう扱うかを直接書いた箇所は見当たりません(2026年11月7日に本文を確認)。指針は、言動が社会通念上許される範囲を超えるかどうかは、言動の目的、経緯や状況、業種・業態、行為者との関係性などを総合的に考えて判断するとしています(指針 第2項⑸)。症状かどうかの見立ては、介護現場マニュアルに沿って主治医・ケアマネジャーと行うのが現実的です(当サイトの考え)。
事業所から契約を解除できるのは、どんなときか
訪問介護では、運営基準が「正当な理由なく指定訪問介護の提供を拒んではならない」と定めています(指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準 第9条。訪問入浴介護や通所介護などにも同じ定めが当てはまります。施設サービスは別の基準です)。介護現場マニュアルは、事業所側からの契約解除には、この運営基準上の「正当な理由」が必要だと認識するよう求めています(P.12)。
正当な理由があるかは個別の事情によるとしたうえで、マニュアルは判断で考えるものとして次を挙げています(P.12)。
- ハラスメントによる結果の重大性
- ハラスメントの再発の可能性
- 契約解除以外の防止方法があるか、とれるか。契約解除による利用者の不利益の程度
マニュアルが挙げている2つの例を並べると、分かれ目が見えます(P.12)。
- 正当な理由が認められる可能性がある例利用者が職員に身体的暴力をふるった。ほかの事業所や関係機関の担当者と一緒に利用者と話し合ったが、再発のおそれがあり、複数名での訪問などの再発防止策の提案も拒まれた。そこで予告期間を置き、後任の事業所の紹介などをして解除した。
- 正当な理由が否定される可能性がある例職員の不適切な言動に腹を立てた家族が暴言を口にした。家族との話し合い、担当職員の変更、後任の事業所の紹介などをせずに、すぐに解除した。
2つの例は、暴力か暴言かだけでなく、解除の前に話し合い、担当の交代や複数名の訪問の提案、予告期間、後任の紹介を済ませたかどうかも違います。指針も、特に悪質なものへの対処の例に「法令の制限内において」サービスの提供等をしないことを挙げており、法令の制限が前提です(指針 第4項⑷)。カスハラ対策の指針も、同じ点に注意を促しています。サービスが途絶えると利用者の命や健康に重大な影響が出る場合には、そのことに留意して対応する必要がある、という定めです(指針 第4項の冒頭)。
解除を考え始めたら、記録に残しておくこと
マニュアルの例を、事業所で記録しておく項目に置き直すと次のとおりです(当サイトの整理)。個別のケースで解除できるかどうかは、弁護士や保険者(市町村)に相談してください。
- サービスの範囲を説明した記録。 マニュアルは前提として、重要事項説明書の説明などでサービスの目的、範囲、方法を十分に説明し、解除に至らないよう努めることが必要としています(P.12)。
- 起きたことと、その後の再発。 日時、内容、職員のけが、回数。
- 話し合いの記録。 誰が同席したか(ケアマネジャー、ほかの事業所、関係機関など)。
- 提案した防止策と、利用者・家族の返事。 担当の交代、複数名での訪問、同性の職員による介護など。
- 予告期間と、後任の事業所の紹介。 後任の事業所にハラスメントの経緯を伝えるときは、注意が要ります。マニュアルは、本人の同意があるか、個人情報保護法の例外に当たるかを確かめること、渡す情報は客観的で必要なものに絞ることを求めています(P.13)。
マニュアルは、正当な理由で解除した場合でも、解除に至った原因と経緯を検討して、同じことを防ぐ対策をとるよう求めています(P.12)。後任の事業所で同じことが起きないよう、ケアマネジャーや保険者(市町村)などと相談することも挙げています(P.13)。
義務化で、介護事業所に新しく求められたこと
令和3年度の介護報酬改定の時点では、利用者や家族からのカスハラへの方針づくりなどは「推奨」でした(マニュアル P.1〜2)。2026年10月1日からは、労働施策総合推進法第33条第1項とカスハラ対策の指針により、職員を雇う介護事業所の義務です。利用者とその家族からの言動も、利用者の自宅での言動も対象です(指針 第2項⑵⑷)。
義務は5つです。方針と対処の内容を決めて全員に伝える、相談窓口を置く、起きた後に事実確認・配慮・再発防止をする、特に悪質なものへの対処の方針と体制を決める、相談した人のプライバシーを守り不利益に扱わない(指針 第4項⑴〜⑸)。この記事の「症状か迷うときの手順」と「解除を考え始めたら」は、このうち対処の内容と、特に悪質なものへの対処の方針を決めるときの材料になります(当サイトの整理。症状による言動はカスハラに当たらないこともあります)。
今日、管理者が決めておくこと
訪問中の職員から電話が来たとき、時間帯ごとに誰が受けるかを1人ずつ決めます。報告が来なければ、ここまでの手順はどれも始まりません。記録の項目に「症状の可能性」と「主治医・ケアマネジャーへの確認」の欄を足すのも、今日できます。方針、利用者・家族へのお願い文、訪問先での初動、記録の項目の見本は介護事業所向けの一式にあります。
指針の5つの措置のうち、事業所に足りないものは約2分の診断で分かります。
自社の不足を確認する(無料・約2分)方針と社内ルールのひな形は無料資料にあります。登録ヘルパーも含めて各自のスマホで読む研修(読む目安は約10分、推定)と受講記録の一覧はデモで見られます。自社で使う場合の料金は料金ページ(月額4,980円・税込)にあります。障害福祉の事業所は障害福祉事業所のカスハラ対策、相談窓口の決め方は相談窓口の記事をご覧ください。